さんだーさんだ!(ブログ版)

2015年度より中高英語教員になりました。2020年度開校の幼小中混在校で働いています。

過去分詞の「完了」と「受動」をつなぐ

今その辺のことを教えてます。
現在分詞と過去分詞は互いに密接な関係にあり、前者が「ある動作が進行中」である状態を示し、後者が「ある動作が完了した」状態を示すものと考えています。
ホームランの実況中継で、"Going, going, gone!"なんて、「大きい、大きい、入った!」「進行中、進行中、完了!」みたいなことだよねと。
だから現在完了形は別にそれでいい(「完了した状態をhaveしている」という説明が可能)と思うものの、なんでそれがbe動詞とくっつくと受け身を表すのか。というより、そもそも完了の意味を表しているはずの過去分詞が受動も表すのはなぜか、みたいなことが気になって、色々読んでいるものの、あんまりしっくり来ていない。

今のところ考えているのが、見ている対象、その言葉が指し示しているモノが、知らずしらずずれている、というもの。

つまり、どういうことか。

この状態が "breaking"↓
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そしてこの状態が "broken"↓
f:id:thunder0512:20140419075321j:plain

まさに窓ガラスを割っている「進行中」の状態から、割り終わった「完了」の状態へと移行しているわけです。

ではなぜ、"broken"が受動の意味も表すのか。それは、breakingの主体である範馬勇次郎(参考URL→こんな父親は嫌だ!範馬勇次郎の逸話【バキ】【板垣恵介】 - NAVER まとめ)が、brokenに至ってはもはやその主体になり得ないからではないでしょうか。

つまり、1枚目の画像において、勇次郎は力を入れて、ガラスを割る動作をしています。それはまさにbreakingに対応するはずです。
しかし、2枚目の画像ではどうでしょうか。もはや彼の前に彼を遮るものはなく、勇次郎は特に力を入れていない=「割る」という動作をしていない、と言えるのではないでしょうか。それでも2枚目の画像が"broken"を表しているのは間違いないように思えます。

ここにおいて、brokenという言葉が指し示しているのは、もはや勇次郎ではあり得ません。なぜなら、勇次郎はbreakという動作をもはやしていないのですから。では一体なんでしょうか。それは、この画像におけるただ2つのthingsのもう1つ、ガラスに他なりません。
つまり、ある動作を「完了」してしまった以上は、もはやその動作を行うことはできない。しかし、その動作の受け手に、その動作の結果が厳然たる事実として残っている、ということです。

やった方は覚えていないが、やられた方は覚えている、っていじめみたいですね。

「指し示す」とか「主体」とか、微妙な言葉遣いで、もっとちゃんと文法を勉強していればこの辺りもうまく処理できるのかなあと思います。

この画像自体は面白い(ちょっと気持ち悪いけど…w)から、2枚目を見せて「窓ガラスを割る行為が『完了』しているし(=1枚目との対比)、窓ガラスからしたら『割られた』ってことだよね。『完了』と『受動』ってなんだか近いよね」的な話はできるかもだけど、、ちょっとあやふやだし、やめたほうがいいかな。
ふつうに「haveと結びついたら完了で、何か名詞とくっついたりbe動詞とくっついたら受け身の意味になる」くらいの説明になっちゃうかもしれません。

なぜ過去分詞が完了と受動を表すのかに関して、なにかよい説明をお持ちの方がいましたら、ぜひお知らせください!
今日は久々にゼミ!(久々っての本当に良くない。あと飲み会で非常勤やってる人はちょっと多めに払わなならんのも良くない!そんな稼ぎよくないし。