十二月も中旬にさしかかったその日は、夕方から一気に冷え込み、私は寒さに震えながら歩いて家路についていた。国道から脇に入った道路からさらに外れて、川を渡る小さな橋につながる小道は、街灯がまったくなく、日が落ちると足元もおぼつかない。狭い車道の片側に申し訳程度についている細い歩道を歩いていると、橋の手前のカーブに、いかにも地元の住人といった感じの初老の男が、背中をこちらに向けて立っていた。
男は何やらじっと足元を見つめていた。横に並ぶには狭い道だったので、私は背中越しにたずねた。「どうされたんですか?」
「ここ、あるんかね、道」男は私に対してというよりは、ひとり言のような調子でそうつぶやいた。意味が分からず、私は再び聞いた。「どういうことですか?」
「ここに、地面はあるんかね」自分の足元の一歩先を指さしながら、男はそうくり返した。
そこはたしかに真っ暗で、目をこらしても、墨で塗りつぶされたような黒が広がっているだけだった。「いや…あるでしょう」いぶかしさがつい声ににじんでしまった。
「どうして分かるんかね。あんた地面が見えるんか」男は初めて顔を上げ、少し大きな声で私に言った。
「いや、真っ暗で何も見えないですけど」男の勢いに、思わず口ごもってしまう。
「ほらな、わしにも見えん。わしにはどうも、この先に地面があるように思えんのだ。穴かもしれんじゃないか。だから、よくよく見ようとしているんじゃよ」
「だって朝わたしが通った時には、道はあったんですよ。地面が急に消えるわけないじゃないですか」男の不可解な言い分に、私もだんだんじれてきた。
「わしも当然さっきまでそう思っとったわ。じゃがな、ついさっき―」さらに食い下がる男にいらだち、私は男をさえぎって言った。「そんなにぐずぐず言うなら―」
その時、後ろから車のやってくる音がした。私は思わずふり返り、ヘッドライトとまともに目が合ってしまった。反射的にぎゅっと目をつぶっている間に、車は静かに通り過ぎていった。
「そんなにぐずぐず言うなら、私が先に行きますよ」言葉を続けながら目を開け、私は男の方を向いた。
だがそこに、男はいなかった。狭いが見通しの悪い道ではない。それなのに、辺りを見渡しても、男は文字通り影も形も見えなかった。どこに消えたのだ。さっきまで男が立っていたはずの地面は、そんな私の動揺を飲み込むかのごとく、ただただ真っ黒だった。まさか、そんなバカな。私の目は、いやでもその闇に吸い込まれていく。
「どうされたんですか?」いつの間にやって来たのか、背後からいぶかしそうな女性の声がした。その声は、どこか遠くから響いてくるように感じられた。
「ここ、道、あるのかな」私は目を伏せたまま、そうひとりごちた。
同僚間で読み合うための締め切りに間に合わせようと焦って書いたけど、途中でオチが思いついたあたりからノッてきて、何回か音読しながら没頭して書いた。使う言葉とか句読点とかまで考えるのは楽しい。(毎度やるのはきっとしんどいけどw)
今日の読み合いでは同僚たちからコメントもらえて、タイトルを変えることの効果とか、自分が意識してなかったことにも気づけた。
次は何書こうかなーって考えるのも楽しいね。時間、なんとか取っていきたいところ。