さんだーさんだ!(ブログ版)

旧「◯◯な英語教員に、おれはなる!!!!」 - 大学院を終え、2015年度より中高英語教員になりました。

二枚舌について

大学院の授業が始まりました。
授業をみて研究、的な授業では、教育庁の方や文科省の方も院生として学んでいて、他にも現役教員の方もたくさんいるし、英語教育系の人も多いので楽しみです。


今日は自分の中に発見してしまったよろしくない二枚舌についてメモ。


周りは自分よりはるかに知識がある人ばかりで、用語がよく分からなかったりすることもある。
そんな時、もちろん「ああ勉強しなきゃ」って思うことがほとんどですが、時々「そんな用語使わなくても言えるんじゃないか?」と反発してしまうこともあって。
ただそんな自分が別の人と話す時は聞きかじった専門用語を使ってしまうこともある、っていうのが「二枚舌」だよなあと。


ある世界で認められるためにはその世界で使われている術語に習熟していることを示すことが必要、とは聞くけれど、やっぱ将来先生になっていく身としては、術語使わず分かりやすく話せなければいけないし、何より、自分より詳しい人に対しては「そんなの知らなくていいよ」と思い、自分より詳しくない人に対しては「こんなのも知らないの?」と思うとしたら(まああまり思わないけど)、非常にズルいことだよね。その辺のことも考えながら自分の勉強を進めていけたら。


あと地味に焦るのが自分のスタンスが全然明確じゃないことね。
「(将来の志望としての)教員」←→「(現在の立ち位置としての)研究者」っていう間で、これまた自分より研究者っぽい人が出てきた時には「将来教員になるつもりだから〜」なんて言って、自分より教員っぽい人が出てきた時には「今自分研究してますから〜」なんて言ってしまわないかすごく不安。


(04/12追記)
あと二枚舌って話で言えば、院生には教員経験者とか教育庁とか文科省の人も多くて、そういう人に対して「経験が全てじゃないゾ」なんてきっとどこかで思っているところはあるくせに、一般の人があまり考えずに教育に意見していると「自分の被教育経験だけで教育について語られても…」なんて冷笑的になるところがあるような気がした。
確かに教育は、他の専門職と違って「自分でもできる」と周りの人に思われていると思うんだけど、じゃあそれに対して勉強している人の優位性はなんなのか、ってのをしっかり打ち出せないと、結局経験最重視に陥ってさっさと現場出ましょうね、で終わってしまう。それもありなのかもしれないけど、院でだからできることもきっとあるでしょ。


(スタンスって意味では研究計画的なものが全然決まってないのがもっと問題なのかもしれないな…笑)
(あと授業中ある人が先生の言うことにいちいち「ああ」「うん」「ハハ」みたいに「自分は理解してますよ」アピールしてくるのがだんだん耳障りになってきたんだけどこれどうすればいいすかね…少人数ゼミであんなにアピールしなくていいと思うんだけどw)

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