さんだーさんだ!(ブログ版)

旧「◯◯な英語教員に、おれはなる!!!!」 - 大学院を終え、2015年度より中高英語教員になりました。

開校の2020年を迎えて

 新婚旅行第二弾*1で金沢在住の妻と、加賀温泉に来ています。妻は逃げ恥再放送を観ているので、僕は別室で今年をふり返っています。…と書き始めたけど、とっくに新年になってしまった。本当は昨年中にやりたかったけど、まあ新年を迎えるにあたっての決算的な感じで。
 昨年は本当に、色々ありました。結婚と転職が大きかったな。結婚生活は、まだ同居していないってのもあるけど、目立ったトラブルはなく、楽しくやれている。それでもお互いの細かな違いが見えてきて話し合ったりすることはあるから、一緒に住んだらますますだろうなあ。ゆくゆくは子どもも、とか思うと、共働きの僕らははてさてどうなるんでしょう。逃げ恥のみくりの母の「運命の人なんていないの。運命の人にするの」という言葉を胸に、がんばっていこう…!!
 やや離れるけど、時短家具。こんなツイートをした。

食洗機とかロボット掃除機とか乾燥機付き洗濯機とか、もちろん人の手を煩わさないってのも大事だけど、それと同じくらい夫婦間の細かい違いを無しにしてくれる感じがよい。小物の干し方は関係なくなるし、微妙な洗い残しや掃除残しは「まあ機械だからしゃーないね」でちょちょっと手を動かせば済む。

特に問題らしい問題ではないけど、機械を間に挟むことで解消できるものもあるんだろう。自動運転の車とかだと、機械を間に挟むからこそ困ったことにもなるのだろうが。


 それで、転職。都内から長野に越してきて、とても寒いことにはまだ慣れなそう*2だけど、それよりなにより軽井沢風越学園の開校が近いのです。募集選考プロセスも終わり、来年度どんな人が学校に集まるか決まりました。学校に何を求めるかというよりも、学校という場を一緒につくっていこうという気持ちが強い保護者が多く、頼もしい限り。きっと予想しない大変さがいろいろ出てくるんだと思うけど、そこも支え合って楽しんでいけたらなあ。

 自分は一応英語の免許持ちということで風越学園に居るのだけど、前任校までの英語教員としての役割と比べて、だいぶ役割は変わっていきそうな感じ。それが吉と出るか凶と出るかはまだ分からないけど、これからの時代を教員として生きていく中できっと必要な経験になるだろうなとは思っている。というような話をここからグルグルと書いていますが、まとめると↑みたいな話なので、以下は特に興味ある方だけご笑覧いただけたら。

 前任校では、良くも悪くも英語を教える・学ぶことが当たり前で、与えられた週2コマの中で何をしようか、というのが自分の仕事だった。時にはその枠をはみ出して何かすることもあったけど、基本はその枠だった。もっと言えば、前任校は超進学校だったから、授業準備・教材研究にかなりの時間を使えた。漁ってみたら着任前に、こんなツイートもしていた*3

本格派っぽい数学の先生に「くだらないクレームに2時間潰すより、2時間英語のことを考えていてほしい」って言われて感動した。いい職場な気がする…!!

こういう職場の特異なところは、それぞれに教科専門性の高い人が多かったから、各々が教える内容についてはある程度敬意を払いあっていたところかなと思う。それぞれが究めてきた世界を子どもに安心して投げかける。もちろん人によって出し方や受け取られ方は異なっていたし、自分はその中で力負け感はあったし、もっと言うとやっぱ英語って他教科と比べると学問感は薄いから難しいなと思う部分もあった。だからこそ自分は時間を使ってなるべく生の英語を教材化して扱おうとしてきたのかも。
 ともかく前任校では「なぜそれを教えるの?」という前提の部分は、その価値が自明視されている分、あまり問われなかった気がする。少なくとも表立ってそういう話にはならなかったように感じる。
 ところが新しくできる学校では、子ども時代に必要な経験ってなんだろう、みたいなことをかなり話し合っている。少なくとも自分は「なんで英語やるの?*4」というお決まりの問いに、これまでになく厳しくぶつかっている。小学校歴の長い先生が多い中、外国語科は外様って感じもあるのかもしれない。ただ、その価値を自分がちゃんと把握して、伝えられていないのかも。
 とここまで書いてきてさらに思ったのは、その「価値」なるものを、自分は分かってて、他の人は分かってないだろうと考えているのはなんともおこがましいかも。もちろん専門にやってきた人にしか分からない魅力はあるだろうけど、そうでない人だってその人だけに見えている魅力があるかもしれない。
 こうやって内省を深めていくのも今年度の特徴ではある。自分の特徴的な認知のクセ・歪み的なものを相対化しまくる感じ。来年度以降の何かにつながればなと思う。自分はやはり、自分の持っているものに自信がなかったり、あとは「専門性」みたいなものに極端に重きを置いてしまいがちなのだろうなあと思う。自分を絶対視したり専門性を蔑ろにするのはもちろんチガウけれど、そのバランスの問題というか。

 ほんで軽井沢風越学園での実践について。外国語に触れる前の、異文化との出会いを大切にしてほしいと思うから環境づくりはまずもって頑張りたいところだけど、その中で子どもが何を感じるか、何をつかむかはわりと個人差が出るところだよなあと思う。それでいいのか?という自問と、とはいえこれまでの学校でも生徒は同じものを同じように得たわけでは全然ないよなという気持ちと。
 よく分からなくなってきたから、唐突に話を変える。『人工知能時代の外国語教育』という論文をしばらく前に読んだ。言語スキルに特化しすぎてない?取って替わられるかもよ?という問題意識*5のもと、筆者は以下3つを外国語教育の目標として掲げる。
①グローバル時代の市民として日本に生きる知恵を学ぶ
②外国語や外国文化と比較対照する国語(日本語)を学ぶ
③協同と共感することを学ぶ
これはかなり共感する。③はいうて風越学園全体で取り組むことなのだろうと思うし、①や②は必然的に他教科との連携が必要になる。②に関しては、日英対照で言語への気づきを促すようなワークショップをつくろうとしているところで、明日からは早速出張。①については明示的に取り出してコレ、と示すのは難しいけど、「うんざりするほど大変だし、めんどくさい」ような多様性*6がリアルに感じられる場ができるかどうか、だよな。決して今のスタッフ陣が多様性に富んでいるとは思わないし、そこはスタッフだけで担保するものではないだろう。

 ちょっとさみしく&こわく思っているのは、以前に比べて英語に触れる量が減ったし、また英語自体への興味も昔より薄くなってるのかなってことだ。もちろん、それでも人並み以上に英語には触れていきたいと思ってはいるけど。「これからの(外国語)教育」を考える上で必要なことはなんだろうと、しばらくは(開校後も)悩みながら進んでいくんだろうな。英語へのこだわりは持ち続けていくけれど、こだわりにこだわっても仕方ない。何かが見えると思ってここに来たわけだから、それを信じてやれるだけやってみるしかない。

*1:第n弾まで続く予定^^^

*2:というか本当に寒いのはこれからって言うし…orz

*3:この先生とはだいぶ長い付き合いになり、去年は結婚式にもお越しいただきました^^

*4:この本を紹介しないわけにはいかない→ https://www.amazon.co.jp/dp/4327410888

*5:ちょっと単純化しすぎか。詳しくは本文をお読みください

*6:『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』より。早いとこ読んでみたい