さんだーさんだ!(ブログ版)

2015年度より中高英語教員になりました。2020年度開校の幼小中混在校で働いています。

モヤモヤ・なりたい先輩

中1の新学期がスタートした。今のところ大きな問題はないようにみえるけど,それは僕に見えてないだけって話だろう。
HRで生徒に,最初の一週間のふり返りを書いてもらった。自分も一緒に書いてみた。「楽しかったこと」には「今のところ全部」と書いた。その後自分だけそれを全体の前で発表したんだけど,ポルノのサウダージを引用しながら「♪時を重ねるごとに,ひとつずつあなたを知っていって さらに時を重ねて,ひとつずつわからなくなって」という歌詞があって,今まさに知り合っていくフェーズだから楽しいけど,この後「なんだこいつ全然わからねえ!」っていうフェーズがきっと来るよね,という話をした。それがいつどのように来るかは分からないけど,そういうのが何にもなしに終わっちゃったら,きっとその一年は成功というより失敗なんだろう,とも話した。若干ぽかんとされた。笑
色々な生徒がいる中で,どうやって対応していったらいいんだろうね,というのは考えもの。むむむ。

英語の授業の話。自分はフォニックスを始めた。授業中に「アブクド読み」を教えて,それを最後にチェックテスト。アブクド読み通りの単語を発音して書き取ってもらう。なかなかに正答率は低い。自分でガンガン音読してもらえるといいなあ。
英語の先生同士の話。
週一時間取って学年教えてる英語科の先生で話(というか雑談)をしているんだけど,今日はその話の最後に「今度授業見せてください」って新任の先生に言われた。自分はその次が授業だったのだけど,そこでノータイムで「あ,じゃあ次の時間見に来ます?」って言えたのは,成長というか,なりたい姿への第一歩だったなって思う。や,その後の授業がはたして良いものだったのかは分からないんだけどね。なんというか,姿勢とか構えとかの問題として。いつでも授業を見せることができるとか,相手がたとえ社交辞令で言ったとしてもマジレスで返す,というのは大事なんじゃないか。そうすればきっと相手も次第に社交辞令は減って本音を出してくれるのかも,と。や,それは理想的すぎるか。そのうち話しかけられなくなったりしてね。笑
そうしてその新任の先生が精一杯挑戦して失敗して,でも支え合える関係をどうつくれるか,というのが個人的なテーマなんだけど,自分にもそんなに余裕があるわけでもないとか,あんまり話しかけすぎるとウザいかなとか,そんなにがんばらなくていいよと諭す先輩の存在とかもあって,なかなかむつかしいなと思ってはいる。でも,多分初年度以上にがんばることはないんだから,自分としては精一杯がんばってほしいなあ。まあ,言われなくてもがんばってるのはわかるからいいんだけど。

心身の調子の話。
最近なんでかモヤモヤを抱えることがあるんだけど,このモヤモヤ,あんまり理由が把握できていない。授業に打ち込んでいる間はそのモヤモヤも消える感じするから,誠心誠意授業をつくっていくしかないのだろう。

とはいえ,大局観がなさすぎる。昨日,ゴミ箱から公民の先生の資料を拾った*1。それはクラス内で議論を設計・実施して,自己評価・他者評価の上,自分たちで成績をつけるというルーブリックだった。いいなあ。今度授業見学させてくださいという話をして帰宅。

自分にできることの少なさ,時間の短さを,改めて感じている。一番ストレッチしなくちゃいけないのは,確実に自分だよね。

*1:我ながら何してるんだ。笑