さんだーさんだ!(ブログ版)

旧「◯◯な英語教員に、おれはなる!!!!」 - 大学院を終え、2015年度より中高英語教員になりました。

英作文のモヤモヤと思想統制

英作文,怒涛の添削が終わった*1
本日,国立大学の前期入試です*2。がんばれ!

ということで,英作文添削をズンズカやってきた感想をば。
結局メールでは380件,添付ファイルではそれよりちょっと多いくらい?をやってきました。2月はわりとしんどかったです。笑
サクサクこなす際に自分が気にしていたこととか使っていたツールとかはまた日を改めるとして,今日は添削をしたり生徒と話したりしながら気になったこと。

東大の問題を解いて提出する生徒も多いんだけど,最近東大の問題には画像説明問題なんかもよくある。「下の画像について,あなたが思うことを述べよ」的な。
たとえば2015年。
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他にも2016年。
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自分の指導方針としては,
①その画像がどんな画像かを,画像をみていない人にも伝わるように英語にする,
②「思うこと」に関しては正直そこまで重きを置かなくて良い,
という風に言っていました。

①がこの問題の肝だと思っていて,2015年だったら「猫より大きな手」とか「近くにあるものほど大きく見える」などの英語表現が問われているし,2016年だったら「鏡の中の自分」とか「舌を出している」「違う表情をしている」あたりが書けるか,ということだと思うわけです。
②については,だって「思うこと」って言われてるんだからサ。「この画像から一般的に言えること」とかならまだしも,そんなタイソウなことを書かせるわけじゃないと思うんだよなー。ある生徒が2016年の問題で,①はきちんと書いた上で,②として「うちに帰ったら,ペットの犬でもやってみようと思います」で締めてて,とてもいいなあと思ったわけです。

ただ,生徒の中には②で肩肘を張って,「我々の視点の持つバイアス」とか「写真を撮る人の視点によって歪められる現実→メディアリテラシーの重要性」なんかを書く人が多い。ホントにこの画像みてそう思うの!?と不思議に思っていたんだけど,これは塾の指導もあるらしい。

添削のさなか学校で別の生徒とご飯を食べながら話していて,某大手東大専門特化塾での話をされた。
そこでは,2016年の問題演習の解説で「まあこれは視点のバイアスの話を書くのが普通ですよね。『猫かわいい』だけじゃ点は来ないよね」的な指導がなされているらしい。自分としても後半についてはある程度賛成で,「猫かわいい」だけだとさすがにこの画像の構図を組んでいない気がするから高得点かはわからないけど,前段についてはあんまり納得できなかった。
聞くと,演習翌週に配られる生徒模範解答集の中にも,こういう「視点のバイアス」的な解答が溢れるので,「そうか,まあ出来る生徒がこう書くんだから,自分もそう書けなくちゃな」と思うらしい。
もちろん,書けたらそう書くに越したことないというか,そう書いたからと減点されることはないと思うけど,まだ英語力がそこまで行っていない生徒がそういう超絶できる人の答案をみて,こう書けなくちゃと思ってしまうのは,特に直前期には,悪影響なんじゃないかと思うんだよなあ。

とまあまとまりのない話を同僚の国語の先生(上の塾でのバイト経験もあるらしい)にしたら,面白がっていた。彼いわく,自分がバイトしてる当時だったら「バイアスガー的なことを書かないとダメだよね」と同じく言っていたと思うけれど,今の自分は直感的にそれはおかしいと思う。その違いはどこにあるのか,面白い,とのことでした。

ともかく,「ここではこう思うべき」というのは,なんとも思想統制感があってイヤだなあと思ったわけです。もちろん,大多数の生徒はそんなこと思わずにテストで高得点を取るtipsとして受け取るんだろうけど,そうして難しいことを書こう書こう,凝った表現を覚えなくちゃ覚えなくちゃとする中で,結局塾が塾たる権力性を維持する役割を果たしているのかもなあなんて,穿った見方もしてしまいましたとさ。


はてさて,本日午後には結果が出ますね。ご武運を!

*1:本当は国立前期入試が終わった2週間前くらいに終わったんだけど,バタバタでこの記事を書き上げられていなかった。大した記事ちゃうのに!

*2:と当日にアップするはずだったのですが,本日はもうその発表日です。汗汗