さんだーさんだ!(ブログ版)

旧「◯◯な英語教員に、おれはなる!!!!」 - 大学院を終え、2015年度より中高英語教員になりました。

「美しいだけでは売春婦」

先日学校でイベントがあった。
ジェームズ・ウェッブ望遠鏡の説明会ということで,全編英語。
この動画なんかも観ました。よかったなあ。

Into the Unknown


この辺の記事も面白いな。
ここがすごい!ジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡 | ナショナルジオグラフィック日本版サイト

その後の質疑応答も白熱していた。会が終わって小さい教室に移動しても,議論が続く,つづく。全編だいたい英語。

全体会での質疑応答では,通訳の方がいらっしゃったこともあって,日本語でも質問できていた。
が,小教室では個別に質問するので,英語ができないと質問しづらい感じがあった。

がんがん質問できる生徒から,しどろもどろながら質問していく生徒,その後ろに溜まる生徒。
質問する生徒を眺めながら,後ろに溜まる生徒をみると,自分がいかにえいじゃく(英語弱者)かを言い合うような姿が見える。
それが英語で質問に行って失敗したときの予防線ならいいなと思いつつ,質問に行かない言い訳になっちゃったらアレだなと思って聞いていた。

でも。
そこでなされる英語の質問とその回答について,自分はまだ生徒の多くよりは理解できていると思う。けれど,それが全体としてどんな意味をなしているのか,分からない場合が多い。ラグランジュ点?なにそれ?みたいな感じ。

すごく思うのが,英語ができるようになればなるほど,英語だけでは全然足りないということがわかる。この望遠鏡説明会についていた通訳の方も,机の上に色々な資料を広げていた。
おそらく講演者のプロフィールや天体に関する色々な資料だと思うんだけど,やっぱり英語だけでは足りないわけで。


でもでも。
英語だけでは足りないと気づくためには,英語がある程度できなくてはいけないというジレンマがあるよね。つまり「自分が英語弱者だから」と言っている人は,もしかしたら英語力だけでは足りないというところがよく見えてないかもしれない。
内容もしっかり分かって,それを英語で適切に質問して,相手の回答を受け取って話を展開できている状態を,なんとなく「英語ができる」と表現してしまっている可能性がある。

ひるがえって,今授業で扱っているKazuo Ishiguroの短編 "Crooner"*1
その中の一節より。元大スターである自分と結婚した美貌の妻Lindyが,美しい田舎娘として都会に出てきたその当時を振り返っての言葉。

You think Lindy didn't suffer humiliation? Even with her beauty and charm? What people don't realise is that beauty isn't the half of it. Use it wrong, you get treated like a whore.

これって美貌と売春婦に適切な言葉を入れれば,どんなことにも使えるよね*2

とにかくこの後は頭がぐるぐるして,自分の専門性,どう立てられるのかな,と思いながら勉強会に行ってきた。
教育思想史の勉強会。とりあえず自分の専門は教育に立てるしかないんだろうな。ただその中でどう,というのは今後大いに検討の余地があるけれど。。

*1:もっと授業時数に余裕を持って扱いたかったな。。正直内容をなぞるだけで進んでしまっていて,素材の持ち腐れ感が強い。

*2:おっと,これは授業のネタのタネなのか??