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さんだーさんだ!(ブログ版)

旧「◯◯な英語教員に、おれはなる!!!!」 - 大学院を終え、2015年度より中高英語教員になりました。

自分より強い人を教える

ちらちらと部活を見始めている。硬式テニス部。
ここは執行代と呼ばれる高2が各学年の係に分かれて,中1係の高2が中1を教える,的な形になっている。
当然これは利点欠点はあって,やっぱり生徒が考えて生徒が教えるメニューだから,テニス指導を専門にやってきた人や,OBなどの,テニス歴が生徒よりずっと長い人のコーチングには敵わないかもしれない。
しかし,やはり生徒が生徒を教えるというのは教育的価値も高いなあと思っていて,今日はそんなお話。

今年の中2が強い。
(自分たちの頃よりはるかに強くて,これでも都大会出られるかどうかってレベルなのに驚く。錦織効果ってやつなのか。。)
もちろん中学生で強い生徒の多くは,小学生からやってきたんだけど,それ以外の,中学から始めた人たちもきちんと練習していて,強くなりそうな感じ。
それで,その雰囲気を作り出しているのが,おそらく今の中2係の高2たちなんだろう。
普段の指導にくわえて,大会の引率や練習試合のアレンジなんかも,非常に積極的に行なっている。
「自分たちがテニスできればいいや」的姿勢とは一線を画するようなこの姿勢が,おそらく教わっている中学生にも伝わっているんだろうなーと,ぼんやり思いながら見ている。

そんな中2中1と,高2とが試合をしたらしい。中2のトップが,高2をほとんど倒したらしい。
そこでスゴいなと思うのが,もちろんそんな強い中2もスゴいんだけど,その試合を組んだ先輩もスゴい。おそらく負けると分かって(そこまでは行かなくとも,負けるかもしれないな,くらいは思って)はるか学年が下の後輩と試合をするっていう試み自体が,なかなか出来ないんじゃないかな,と。
負けたら色々失うものはあるはず。「あの先輩たち,俺に負けたんだぜw もう教わることなくねww」とか,ヒドい場合には「あの先輩たち,うちの学年で一番強い◯◯に負けたんだぜw じゃあもう◯◯から教わろうぜww」となる可能性も,あったんじゃないか。
その上で,「そうはならないだろう」と踏んで試合に望めたってのがスゴい。


考えてみれば,「自分より強い後輩を育てる」ってのは,授業に通じるようなところもある。「総合的な英語力」では負けないように頑張ろう!と思ってはいる*1けれど,たとえば帰国生で僕よりはるかに流暢に話せる生徒や,僕の知らない語彙・表現を知っている生徒はたくさんいるだろう。
そういう生徒も含めて,クラス全体に英語を教えるには,どうすればいいんだろう。素晴らしい「中2係」ならぬ「英語係」になるには,どういう授業がいいんだろうなあと,これまたぼんやり考えている。
とにかく,先は長いなあと思わされる。Overwhelminglyに長い気がする。

*1:が,自分が一番になれるように「総合的」の定義を調整しているんじゃないかって気もする。笑

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