さんだーさんだ!(ブログ版)

2015年度より中高英語教員になりました。2020年度開校の幼小中混在校で働いています。

啐啄同時

「啐啄同時(そったくどうじ)」という言葉がある。
啐(さけ-ぶ)は、卵の内側から雛が声をあげて殻から抜け出るのを告げること、
啄(つつ-く)は、外から親鳥が殻をつついて雛が出るのを助けること、です。

生徒が必要性を切に感じた時に、教師が手助けをするってんで、教育の一つの理想形だよなあと思っています。
きわめて教育的な漫画として私がひたすらオススメしている『ANGEL VOICE』にも、15巻に以下のようなシーンがある。以前のブログでも紹介したことがあるけど、今回は画像で。
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また、最近RSS登録して読んでいるブログにも、以下のような記事がある。
啐啄同時再考中 | KOYASUamBLOG2

それで、昨日のこと。
夜友だちと会うからちょっと遅くまで残って仕事をしていたら*1、近くの席に座っている体育の先生に話しかけられた。

その時自分は、新しく高1になって、今まであまり勉強してこなかったけどここらで心機一転やり直したいなあと思っている生徒に対して、何かできないかということで、いわゆる「やり直し英語」の作戦を練っていたんだけど、話はそのことについてだった。

その先生は、私が先輩の先生に言われて無理やりそうした仕事をさせられているのではないかと心配してくださっていたみたい。いい職場だなあ。
自分としては、この学校でできない生徒がどこでつまづいているのかを知りたいというのもあって、積極的に関与している、ということを伝えて安心していただいたんだけど、それ以外にもその先生の心配はあったそうで、うちの学校の生徒を、成績が悪いからと無理やり引っ張りだして問題集等をやらせるのは、らしくない、という話をされた。
ううむ、こちらはかなり真剣に考えなくちゃいけない問題だよなあ。

その先生いわく、うちの学校は面倒見が悪いと言われるが、それは間違いで、たとえば質問に来た生徒に1時間でも2時間でもつき合ったりということが普通にある。つまり向こうが「啐んで」いる場合は、それに対してひたすらに時間を割いて「啄く」用意がある学校である、と。
それに対して、向こうが「啐んで」いないのにこちらが「啄く」のはどうなのか、とも。
たしかになあ。

一般的な進学校では、わりとガンガン問題集を与えることがよしとされている*2けれど、この学校はそうではないぞ、というのは有り難いアドバイスだった。他にも、そうした話を進める際の手順上の問題も指摘していただいて、これは実務上勉強になった。


ただ。
ただ、同時に思うこととしては、生徒の「啐び」とは何か、って話。
今回も、別に強制しようとは思っていないが、アナウンスをして、ヤバそうな生徒には個人的に一声二声かけるつもりではある。さらに、授業外の課題をやらせまくるのも良くないかと思い、授業の復習的な課題をやらせて、きちんとやったら平常点に加点、ということも考えている。
こうした部分が、啐んでない相手を啄いている、ということになっている可能性は多分にあって、その辺りはどうしたらいいのか、まったくわからない。

個人的には、生徒の「啐び」を聞き取れなくてはいけないと思うし、「啐んでないから啄かない」も度を過ぎると手抜きの言い訳になってしまうだろうと思っている。
これは別に、周りの先生が啄かなすぎ、と批判しているわけではなくて、ただ何を持って「啐び」「啄き」とするかを、これから時間をかけて見極めていかなくちゃな、と思っているということだ。

ANGEL VOICE』の黒木が言う、

黒木「強いチームを作るより まずーーー誰でもサッカーを楽しめる場を作ろうと思った 基礎から教え直したよ そうしたらな……… よく見てるとわかるんだ ただつらいだけの練習から サッカーを楽しいと感じるようになる瞬間が」
黒木「翌年度正式な部に戻ったサッカー部は さらに1年後ベスト8入りを果たした 結果に対する賞賛の声より 生徒が生き生きとプレイしている姿を見ている方がはるかにうれしいということもわかった」
黒木「市蘭でも同じだよ いずれ卒業していくあいつらにーーー サッカーは楽しいーーーサッカーは楽しかったと言われたら それに勝る名誉はないと思う」
(『ANGEL VOICE』8巻 pp.177-180)

この「サッカー」を各人の教科に変えて読むと、先生の人は色々思うところがあるんじゃないかなあ。指導者たるもの、生徒を「啐ばせる」存在でなくてはいけない、のかもしれない*3

私の中には、達成しえない目標として、「啐啄同時」という言葉がある。

*1:と言っても17時とかだけどw

*2:やむなしとされている、くらいかもしれない。

*3:もちろん、任意参加の部活と、ほぼ強制参加の授業では違いがあるのは当然だけど。