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さんだーさんだ!(ブログ版)

旧「◯◯な英語教員に、おれはなる!!!!」 - 大学院を終え、2015年度より中高英語教員になりました。

I saw a red, sparkling object on the sea floor.

修論のために取ったデータを眺めている。コードを振ってみているが、どんな結果が出るかわからない。こんな出たとこ勝負になるとは、勇者じゃなくても情けない。

それでですね、タイトルのような文章がとある教科書に出てくるんです。
これは当然、

I saw a red, sparkling object on the sea floor.
①私は、海底に赤くきらめく物体を見た。

となるんですが、ある生徒が以下のように回答しました。

I saw a red, sparkling object on the sea floor.
②私は、海底の物体をきらめかして、赤を見ました。

「赤を見た」というのは非常に文学的な表現(なのか??笑)で、まあこの文脈では意味は通らないんだけど、それでも個人的には文法的に間違いじゃないと思います。この「文法的には」ってのはなんともvagueだけど、つまり別の文脈であれば②の解釈もあり得るってこと*1。まあ、a redを名詞と取るとしても、sparklingはIじゃなくてa redを描写していると取るのが普通だと思うけど、そこは置いといて。

そこで今授業を見せていただいている先生は、
「redは形容詞だから」という説明を使っていました。個人的にはこれに違和感。
その前の文に出てきた "As I neared 3,000 feet,"というところでは、「nearは普通形容詞だけど、ここでは動詞」と、さらっと文中の形から動詞と見抜いて解説していたのに。

つまりどういうことかと言えば、自分は、英文読解においては、まず文中の形から、個々の語の役割を推定し、最終的に文脈・一般常識等の外部知識を参照してその推定の妥当性を検証する、というプロセスが必要だと思っている。

文中の形→外部知識

"As I neared~"では文中の形から判断を行なったのに対し、"I saw~"では外部知識(redは通常形容詞として用いられる)から判断してしまっている。これはなんだかunfairじゃないか。
この生徒は曲がりなりにも"a red"という部分をみて、「冠詞の後に来ているからredは名詞である」と、文中の形から判断を行なっており、それ自体は正しい方向性なのではないか。
つまり、先生が言うとおり普通は「red=赤い」と思っている生徒が多い中で、それじゃ意味が通らないぞ、a redだから名詞と考えればいいんじゃないか、と考えたのだとすれば、それは「文法的に考える」ことができていたのではないか。
だから、たとえ②の解釈が間違っているにせよ、それは文脈(=外部知識)の問題であると、伝えられたらよかったんじゃないかな、とか思います。

とはいえ、実際にはその生徒がどのレベルの生徒かわからないので、チンプンカンプンな生徒がわけもわからず書いたのであればこんな細かく説明することは、むしろ混乱を招くのかもしれない。
ただ基本的には、文中の形→外部知識(実際にはinseparableかもしれないけど)という順で読解をしていくのは、いいんじゃないかなあ。そこを都合よくいじると、生徒は混乱するんじゃないかな、と思っている。


と思っていたら、先生とのインタビューで「名詞の用法はあり得るんですけど、そこであり得るよって言っちゃうと、それはそれで混乱するかなと。今の段階で、しかもあの子の英語力で。単純にカンマで切っちゃってるからあの子は。」という発言がありました。やっぱそうか。笑

あとここまで書いてから致命的なことに気づいた。②の解釈なら、
I saw a red, sparkling [an/the] object on the sea floor.
ってしなくちゃいけないね!ああ、意味のない記事を書いてしまった…!!笑

*1:たとえば、赤ピクミン的なものがredと呼ばれる世界とか。あとその後のインタビューでは「共産主義者」なんて訳語もあるらしいから、場合によっては海底に共産主義者がいてもいいのかもしれない。笑

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