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さんだーさんだ!(ブログ版)

旧「◯◯な英語教員に、おれはなる!!!!」 - 大学院を終え、2015年度より中高英語教員になりました。

そうだよな、どんな授業がしたいのか、だよな

英語教育 戒め

修論構想発表に行ってきました。
「英語の先生が何を考えて授業づくりをしているか」を調べているんですぅって発表したら「お前にとって『英語の授業』ってなんなん?」って聞かれて、答えは特になかった。
「それじゃあだめだよ」的な感じで、なんでダメなのかははっきりとはわからんかったけど、でもなんとなくダメそう、って感じはした。

今自分が教えているクラスでも、2学期からはガラッとやり方を変えている。
全体で問題を解いて答え合わせする時間を減らして、終わった人から前に来て答えを確認して、全問合ったらじゃあ他の人の答えも確認してあげよう、みたいな話をしている。
前で全体に対して一斉に説明することの力を信じていないんだろうと思うからこうしたんだけど、この前その「信念」を揺るがす出来事があった。とはいっても大したものではないのだけど。

関係代名詞の説明で、「後ろの節中に何が足りないのかみるんだよ」みたいな極めてオーソドックスな説明をするために、
I bought a bag ( ) cost 20,000 yen.って文を見せて、「この括弧はつまり"a bag"だよね。IがS、boughtがVで、a bagはOだから、Oでモノ(人じゃない、的な意味)にあたる関係代名詞はwhichだからここにはwhichが入る」って説明をして、この説明のどこがおかしいか言ってご覧?と、クラスでもかなり成績のいい子を当てたら、見事に分かっていなかった。
どや顔で「後ろを見るんだよ。costがV、20,000yenがOだから、Sないやん。Sでモノだからwhichを入れるんだよ」みたいな話をしたんだけど、そうか、けっこうできると思ってたけどこういう説明が必要な人も案外多いのかもな、と、一斉授業も効果的かも知れぬと思い始めた。

とはいえ、やっぱり問題演習の答え合わせを全体でするのはあんまり好きじゃない(ほとんど全部正解の人にとっては暇すぎるし、ほとんどわからない人にとっては答えだけぱっぱ言われてもわからんし)から、なんとかこの「全問合った人は友だちの答えもチェックしてあげる」って方法を、チェックする側もされる側も、普通に、気後れなくできるクラスにしたい。そうすれば手が空いた俺はできない子のフォローを厚くできるんじゃないかって感触もあるし。
そのためにまず手始めにこないだは「人に教えることで知識が定着する」って話をしかつめらしくしたんだけど、どこまで伝わっているか。
他にどういう方策が必要なのか、正直わからない。
時間の使い方をもっとうまくして、教え合いの効果を別のところで小さく体験させて、とかかなあ。
ううむ。


んで冒頭の「どんな授業がしたいのか」だけど、なんというか「手持ちの英語力を駆使して頑張る学習者を育てる」のが目標な気がしてきた。
つまりは言語観を育てることだと思うんだけど(あえて主語をぼかす作戦w)、たとえばネイティブとか英語の先生とかが「答え」を知ってて、All I have to do is to just memorize the answers.みたいな姿勢はとてもつまらないよな、と思うわけです。もちろんそうした部分が多分にあるのはわかるんだけど、結局言語において「答え」みたいなものはどこにもなくて*1、各自の中にそれぞれの言語観があって、それを少しずつ「よりよい」ものにアップデートしていく過程なんだろうと思うわけです。
だからたとえばGoogle Ngramとかコーパスとかで、独力である程度英語の自然さを測るすべは持っておいて欲しいし、願わくば「手持ちの英語力」に最低限の自信を持てるような実力・虚力(参考→あれは「女子力」のイベントだった:日経ビジネスオンライン)を身につけて欲しいとは思う。

ううむ、20分で書いてみようシリーズだけど、とても20分で書くべき/書けるテーマではなかった。

*1:それに限りなく近いものはあると思うけど。

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