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さんだーさんだ!(ブログ版)

旧「◯◯な英語教員に、おれはなる!!!!」 - 大学院を終え、2015年度より中高英語教員になりました。

「日本における英語教育の現状と課題」(獨協大学創立50周年記念事業 外国語教育研究所 第4回公開研究会)

学校英語教育は何のため? (ひつじ英語教育ブックレット 2)

学校英語教育は何のため? (ひつじ英語教育ブックレット 2)

こちら刊行記念(ってわけでもないか)シンポジウム、行ってまいりました。

「学校の外国語教育は何を目指すべきなのか」江利川春雄氏(和歌山大学教授)

13:11着

  • すでに始まっていた
  • 500人収容の講堂はいっぱいで、サテライト教室で視聴。

英語教育政策は成長戦略に組み込まれている。「世界と戦える人材」←我々は世界と仲良く出来る人を育てようとしているのに。
小学校における英語教育実施学年の早期化等が取り沙汰されているが、これが教育政策議論に出てくるのではなく、成長戦略に。
←高校段階から世界で戦え!はねえ。。(『気分はもう戦争』の引用)

気分はもう戦争 (アクション・コミックス)

気分はもう戦争 (アクション・コミックス)

成長戦略に資するグローバル人材育成部会提言。トップを伸ばす、という文言。「グローバルに活躍する人材を年10万人養成」←高校卒業者100万人だから、上1割のみ。
遠藤議員との対談について。「全員がTOEFL iBT45点以上」

中教審「教育振興基本計画」
→安倍内閣の第2期教育振興基本計画
中教審の議論を無視して、下記の重要な政策を入れ始めている。

「驚くべき政策決定プロセス」
小学校英語の早期化・教科化
・ 中学校における英語による英語授業の実施

いい加減な「到達目標」設定→10ヶ月に3回も変わった。
100% 英検2級→50%英検2級→英検準1級(割合不明)

志水2014 家庭の経済力による「二重構造」
塾行ってる層、行ってない層で2コブ。

格差是正・水準向上(X軸に格差、Y軸に(教育?)水準かなんかを取った国際比較の図。出典不明)

現代外国語教育に関するユネスコ勧告(1965)
→「教育的であると同時に実用的である」「現代外国語教育はそれ自体が目的ではなく、その文化的および人間的側面に寄って学習者の精神と人格を鍛錬し、よりよい国際理解と、民族間の平和的で〜」


「外国語教育の四目的」

◯3.実践編 私たちは誰のため、何のための外国語教育を、どう進めるか?
少人数集団で自分と仲間の学びを再題言に高め合い、全員の学力と人間関係力を育て合う教育の原理と方法→いじめ・問題行動・不登校が減少、学力が向上、教師のストレス減少。

◯競争と格差では子供は育たたない
競争:一握りの「勝ち組」と、大量の「負け組」
共同学習では、仲間同士の切磋琢磨

◯学理と検証に基づいた政策決定を
教育政策をプロの手に。

◯政府は何よりも教育条件の改善を
教育投資を増やす:OECD平均並みに、など

◯誰のための、何のための外国語教育か
・1割の「グローバル人材」のためではない。
・目的は、思考力と完成の育成、民主的な人格形成
・国民教育の視点
(・学ぶ楽しさ的な<写せず>)

iがないeigoはego。

    • これは愛なのか一人称のIなのか気になる。多分前者な感じがするけど。

「英語学習・教育の目的」斎藤兆史氏(東京大学大学院教授)

13:29〜
私は英語の教師です。英語の教師の立場から見た現代の英語教育の課題と改善案を示す。
小学校英語教育
反対だと言うと、「教えるなということか!」と批判される。

◯私はそんなこと言ってない
教えるなら、母語習得が阻害されないとの絶対条件の下)きちんと教えてほしい
それが保証できないならやめたほうがいい。

◯たとえ話
A村では ピアノが弾けない大人が100人寄ってたかって1人の子供にピアノの弾き方を教えようとしている。→子供はピアノが弾けるようにならない
B村では 1人の優秀なピアノの先生が100人の子供にピアノを教えている→子供はピアノが弾けるようになる
ならば、A村がすべきは、

  • 子どもをB村に通わせる
  • B村のピアノの先生に来てもらう
  • B村にいるようなピアノ教師を育てる

こんなに村ぐるみで一生懸命やっているのに、子供がこんなに目を輝かせているのに、邪魔をするな←最終的に子供のためにはなりませんよ。
→そりゃ輝かすよ。ピアノに夢中になっているだけ。それは大人のエゴ

◯参考までに昭和40年代の教科書
伊藤大寛『小学校の英語読本』(文進堂)←斎藤先生が小学校時使っていたもの。
「実質上の世界語としての英語の重要性がひろくみとめられるようになったため、最近の英語熱は終戦直後のものよりも地についた〜」

Lesson1. The Alphabet

Lesson101. A is longer than B.

試行錯誤はあった。

◯口頭学習指導要領外国語第3カンの4
「機会を充実する[原文ママ]〜」
←私は反対←英語で教えてはいけないというのか、文法・訳読の授業をやれというのか

◯私はそんなこと言ってない
教師が上質な英語で授業を行い、それを生徒が理解できるならそれに越したことはないが、100のクラスがあれば100通りの授業があり得る、そして
文法や訳読の授業が効果的である場合もあり得る、だから
授業のやり方を上から縛るようなことはすべきでない、
と言っているだけ。

◯そもそも
英語は英語で、の指針は中教審外国語専門部会において討議の対象になることはなかったし、当然議事録にも討議の記載がない(成田一)

◯大事なのは
特定の教授法にとらわれず、生徒の学習状況を見ながら臨機応変に授業を運営することのできる優秀な教師を育成
母語能力
英語学習の目的

◯子供たちは母語で考えている
「小学校に英語がやってくる?」(NHK, 2006年11月5日)
→ビデオ観覧。 “What’s imagination?”という教師からの問いかけに、「想像?妄想?」という子どもの反応。子供は母語で考えている!

◯崩れ行く日本語の生態系
「ダイエット」が「減量」にとってかわっている。ダイエットは食事だろう。ダンベルダイエットなんてありますが、食べられるものなら食べてみろ(笑)

◯Guy Cook on Translation
「訳を禁止しようとしても、それはできない。」という放送大学インタビュー時の会話。
知らないこと(外国語)を知っていること(母語)と結びつけるというのは当然の学習方略なんだから、禁止しても仕方がない。

◯阿部公彦『英語的思考を読む』(研究社、2014年)

英語的思考を読む ??英語文章読本II

英語的思考を読む ??英語文章読本II

(以下先述書からの引用)
2013年に政府の主導で英語教育の刷新が〜
夜のパーティとか、みんなでわいわいやっている場での会話です。 でも悔しいことに英語で話せない。中高6年やっても話せない、という
なるほど。ごもっともな意見です。 英語圏で生活したり勉強したりする人にとっては、日常会話をするのが見果てぬ夢だったんでしょう 
でも相手のことを本当に知ろうとして、努力をしたのなら、6年の英語教育でも結果は変わっただろうし、「6年やっても話せないから英語教育変えよう」とは言わないのでは?どこかに「英会話力」がふわふわ浮いているという妄想。

◯つまり英語学習の目的は
人それぞれ:(いくつかの具体例が並ぶが写せず)

◯では(とくに中等)英語教育の目的は
学習者個々人がそれぞれの動機に基づいてのちのち必要な英語力を積み上げるための基礎を授けること
「基礎」とは:現在の教育制度においては、ひと通りの学校英文法、英文読解法、標準的な発音、そして書き言葉と話し言葉双方における簡単な英語の運用法

母語と切り離された外国語教育は失敗する:日本の学校教育における英語教育の目的を探る」大津由紀雄氏(明海大学副学長・教授、慶應義塾大学名誉教授)

→今朝、歩いて獨協大学にやってきて、「昔誰かと獨協大学で話したな」と思った。菅正隆だーっ!(非原文ママ)それから五年経って、4人組で講演ができることを光栄に思う。

◯まとめ
学校英語教育の目的は、母語に対する気付きの発達を支援し、それによって、母語を効果的に運用できる力を運用させることにある。(外国語能力ではない)
英語を仕事で必要とする人が極めて限定的であっても、学校英語教育は必要である。

◯わたくしの現状認識
母語である日本語をきちんと運用できない子どもたちが増えている。
外国語をきちんと使いこなせない人が増えている。
→両者の根っこは同じ

◯分析1
外国語環境での英語学習には意図的・意識的な文法学習が不可欠であるが、「ことばへの気付き」が十分に発達していない小学校段階では文法指導が成立しない。

◯分析2
にもかかわらず、小学校での英語学習を強行すると、歌と踊りと定型表現、という「三種の神器」に頼らざるを得ない

◯分析3
小学校段階で母語を対象とした「ことばへの気付き」育成が行われていない(以下写せず)。

◯諸外国でも、
Language Arts
ちゃんと教育されている、とのこと。

◯(タイトルなし)
文科省:英語教育の在り方に関する有識者会議。大津由紀雄委員「英語教育政策が十分な成果を上げてこなかった根本的理由は「ことば」という視点がほぼ完全に抜け落ちていたことにある。思考を支える言語である母語を活用できない日本人が増えている。」
→三木谷安河内大津という「三大色物」ww
Twitterで「最近の若者は言葉遣いがなっとらん」っていう「年寄りの繰り言」と批判された
→そういうことを言っているのではない(それも問題だとは思うが)

◯ゼミ生の要領を得ない作文

◯上記作文の内容を整理。
→思考が整理されていない。
→→項目間の関係・文章の流れ・スタイル(文体)の調製・吟味

◯言語と思考の関係
→いろいろな議論があるが、なんらかの点で関連している。
→思考の整理(メタ認知)、思考の外部化、文化の伝播・伝承

◯分析4
堅固な英語基礎力が形成されないまま、高校・大学での英語教育が施される。すでに大学での英語教育はかなりの程度、就職率を少しでも上げるためのTOEIC対策講座化に堕している。
→「英語力を伸ばすのではなくてTOEICスコアを伸ばすことが目的」と公言する授業も。

母語という礎なしの
外国語運用能力はただペラペラだけのハリボテ英語力(今年度の流行語を狙う!とのこと)

◯分析5
TOEICでの高スコアは必ずしも英語の熟達度を示すものではなく、高スコア獲得者を採用した企業はこんなはずではなかったと絶望。

◯『日本人の9割に英語はいらない』

◯寺沢2013(2014/07/01 14時訂正 僕のタイプミスの可能性がとても高いです。失礼致しました)
「『日本人の9割に英語はいらない』は本当か?」

◯原因
→なんでこういった現状かといえば、ずばりこれ。
「ことば」という視点の欠落

◯「日本人としてのアイデンティティに関する教育の充実について」

◯言語教育の構想
母語←→ことばへの気づき←→英語
 ↑↓母語と英語の効果的運用
(「←→」は実際には→と←が上下に重なっています。また「ことばへの気づき」と「母語と英語の効果的運用」も同じく矢印でつながっています)

◯言語教育の在り方
小学校段階で母語を利用して、ことばの性質(仕組みやはたらき)に気づかせる=ことばへの気づき
外国語の利用があってもよいが、英語という特定の言語に偏ることがないように配慮が必要
ことばへの気づきを利用して、外国語教育を進める
豊かな言葉への気づきは、母語と英語の効果的運用を促す

◯「ことばへの気づき」と英語力
Nagai 2011
Fujita 2013
Igarashi 2014
Kodama 2014

    • 大津先生が有識者会議で言及したことで、にわかに注目を集めているそうで、やはり有名な先生方に取り上げられることは大きいんだなあ!

「なんで英語の勉強すんの?」 鳥飼玖美子氏(立教大学特任教授、国立国語研究所客員教授

4人組の3人がそれぞれの観点から話してくださいましたことは、すべて賛成です。同じことはくり返しません。別の立場からお話します。「学習者」という視点。

◯なんで英語の勉強すんの?
中学生の声(会津若松市中学 3校)
「なんで英語の勉強すんの?」(1年)
「どうして英語を習わないといけないんですか?」(2年)
「英語とか必要ないと思う。うちらが外国とかに行かなきゃいいから。必要な人だけ勉強すればいい。」(3年)
「どうすれば英語を好きになれますか。」
→こうした声が全体の半分以上。学年上がるごとに増えている。
→切ないなあ。英語が嫌いなんだけど、周りの大人はやれ、やれと言う。
→ショックだったのは、中津涼子さんが書いた『なんで英語やるの?』(1974)から変わってない!
→未だにこう言ってるんだ、と思った

    • 正直、そりゃいつの時代も生徒はそういうこと言うよなあと思いました。笑 ただ「どうすれば好きになれるか」という問いは面白いのかも、とも。なんか知らんがやらなきゃいけないらしい。嫌いだ。できるようになるのは置いておいても、せめて好きになれやしないか、的な。

◯『なんで英語やるの?』

なんで英語やるの? (文春文庫 な 3-1)

なんで英語やるの? (文春文庫 な 3-1)

英語塾を開いた主婦が見た日本の英語学習
「日本人が英語を、何故やらなきゃならないのか?と言う根本的な疑問についての答えは結局、簡単なものであった。世界共通語の英語を知らなければ、生きてゆくのに不便だからである」「役に立つ英語」
→生徒に言われて答えられなかった、「なんで英語やるの?」という問い。「わかんねえなあ。一緒に考えようか」そこから色々考え始めた。
→中津さんにとっては飯の種だった。最終的には「役に立つ英語じゃなきゃいけないよね」という結論に落ち着いた。これについての是非は今は申しません。

    • ちなみに勝手に宣伝。笑

「なんで英語やるの?」の戦後史 ??《国民教育》としての英語、その伝統の成立過程

「なんで英語やるの?」の戦後史 ??《国民教育》としての英語、その伝統の成立過程


「平泉試案」発表と同年に刊行。ELEC主催「平泉試案」パネルディスカッションにも参加。相当な議論がフロアと行われた。

平泉渉「外国語教育の現状と課題―一つの試案」(1974)
「英語は膨大な時間をかけて修得される暗記の記号体系であって、義務教育の対象とすることは本来むりである。」などなど。

「高校の外国語学習課程は志望者に対してのみ課す」というのがひとり歩きして、エリート主義的と批判された。

「大学の入試には外国語を課さない」
→本物の動機づけが阻害されてしまう、という問題意識。

◯英語教育大論争(1975)
ちょっと噛み合っていない。渡部さんは入試から除外するということに反発。高校では英語をやる人とやらない人とを分けることが

◯英語教育の目的(岡倉由三郎)
『英語教育』(1911)の文化教養説
教育的価値:〜〜
実用的価値:読書力を育成し、先進国の文明から学ぶ


◯英語教育の目的(福原麟太郎
『英語教育論』(1948)
「正しい英語教育を行うことができて初めて、我々は正しいものを学ぶことができる。学校の英語はその役目を持っている。教育である。標準である」「正しい英米を取り入れる為に開けられた窓である」

◯英語教育論争(1955)
1955 加藤周一「信州の旅から」←英語の義務教育化に対する疑問(『世界』12月号)→一部の生徒を徹底的に教育すべき

外山滋比古教養主義が反撃に失敗したのを見て力づけられてきたのは実用主義」(英語教育〜〜写せず)

◯日経連「役に立つ英語」の要望書
読む力の重視?(1955)

◯「グローバル人材育成」という目的
語学力・コミュニケーション能力??

◯多文化共生のための英語教育
コミュニケーション能力→異文化能力→国際共通語としての英語→異質な文化と世界観に対し開かれた心→文化的他者との相互行為
→コミュニケーション能力の定義は、「他者との関係を構築する力」とのこと。
→異文化能力=異質な他者と対峙した時に、どう対応するかということ。日本国内でも起こりうる。どのように折り合いをつけていくか。そこで英語を使うということの意味は、国際共通語としての英語。アメリカの英語・イギリスの英語という地域ごとの英語ではなく、たかだか4億人のNSのみならず16億人以上のNNSの英語(数字ちょっと自信なし)。ネイティブは到達目標ではない。
「異質な文化と世界観に開かれた心」→開かれていないと受け入れられない。開かれるためにはやはり自分でアイデンティティを持ち、コミュニケーション能力があり、異文化能力を身につけていないと、開くことが出来ない。「文化的他者との相互行為」となると、自分の常識が通じないということが起こりうるが、それを言語コミュニケーションを通じて乗り越えていくというのは難しい。「あなたor私が違う。さようなら」では個人間ではけんか、国家間では戦争。
英語のスキルが云々ということではなく、グローバルに日本人が生きていくとするならば、異文化コミュニケーション能力を身につけた上での英語。
グローバル化された世界」って何か欧米で英語を使っているかっこいい自分、というイメージかも知れないが、日本国内でも起こりうる。国家政策として外国人を入れつつある。多文化共生社会。内なるグローバル化
こういう話、中高生に通じない。

◯なぜ英語を勉強するか?それはね
外国語は、異文化を覗く窓
外国語を学ぶと、見える世界が広がる
Tantas lenguas, tantos mundos. (So many languages, so many world.)
母語以外の言語を学ぶと、自分の言語と文化が分かる→異言語・異文化を知ると、楽しい、面白い
→面白くなるまでやってみて。

    • それはどうなんでしょう。。「十分やれば面白くなる⇔面白くないならまだ十分できていないからだ⇒もっとやれ!(オラオラ」みたいなことになりかねない?

「自分自身の人生を豊かにする」という主張。

質疑応答

14:54〜(とても原文ママではないので、参考までに。アルファベットは各先生のイニシャルです)
主任研究員岡田さん「700人以上来てます!1人20~30通質問来てます!」(拍手)
E「回答は1つに絞って回す。『何を根拠に英語は英語でと言っているのか。』私が教えて欲しい。(笑)議事録に書いてない。中教審で議論してない。専門委員の方2名に聞いた。突然決まったことだから、ということだったらしい。金谷さんも書いてる。外国語専門部会の一員だが、授業を英語で行えば学習効果が上がる、というのは寡聞にして知らない、と書いている。定時制の先生、「英語楽しいな」とさせるのに半年かかったが、指導主事は「英語でやって」と冷たく。学習者をみて、一律(でもないけど)にやっている。」

    • これに対して、今自分が観察している定時制の学校の先生はまったく逆のことを言っている。詳しくは書かないけど、学力的に決して高くないからこそ、英語を多く使いたい、と。だからなんというか、「英語使え使え言うな!」に対しては「英語使うな使うな言うな!」も等しく言えそう。「使うなとは言ってないわ!」VS「こっちもずっと使えとは言ってないわ!」ああ血みどろ…。

S「『実際に英語だけで授業だけで生徒が楽しく授業している学校もあります。みたことありますか?』授業検討会たくさん参加しているので、あります。ただ、色々ありえるんだから縛るな、ということ」「『指導要領に従うべきか』英語教師が質の高い英語を多用すること自体はいいと思う。臨機応変に。文科省の譲歩もあったろうが、日本語の使用が必要に応じて認められている。目の前の子どもたちに一番いい授業をしてくれれば。」
O「『英語の授業は英語で』の補足。先生が最初から最後まで英語で話せ、ということではない。生徒の英語発話を多くせよということが言われること自体は知っている(「オールイングリッシュの目的って生徒の英語発話を増やすことなんですけどww」という揚げ足取りへの対策)。先生生徒がオールイングリッシュでやった方が効果が上がるのかは疑問が残る。注意すべきは、『基本とする』が安全点となっていたが、新しい指導要領案では『基本』が高校の方ではなくなっている。意図的なのか否かこの前の有識者会議で聞いた。『意図的ではないと聞いております』との局長さんの答え。また、『ことばへの気づきとは?』という質問も。大津・久保園『ことばの力を育む』を読んで。

ことばの力を育む

ことばの力を育む

T「『英語は入試のためとしか考えていない生徒が多いことを利用して、入試改革して英語教育改善という意見に対しては?』そもそも私立の半分がAO入試になっている。英語の試験を越えて大学生になる人は半分、ということ。学力が心もとないのでAO入試改革も考えられつつある。もう一点。英語の入試自体の様変わり。批判する人は自分が受けた大学入試を思い出して批判しているだけでは?文法問題ほとんどない。TOEFL形式の◯×。読む英文だってそんなに難しくない。センター入試に至っては、練りに練って毎年向上していますので、あれは学習指導要領準拠、コミュニケーションに使える英語の基礎を問うという試験。なぜあれがダメで、外部の試験はいいのか、まったく分からない」
E「質問に答える前に。大津さん、次回の学習指導要領案、高校の授業における『基本』が消えたのは意図的ではない?」
O「中学高校の話になったから、授業は英語で行うことを基本とする、というのが中学にはあったが高校には『基本』がなかった。室長が座長に指名されて答えたが、その方は比較的新しい室長で、実施計画を練ったときにはいなかった(という大津先生の理解)。『意図的に落としたのではないときいている』という答え。」
E「私は大津さんのように有識者ではないので(笑)公式文書から判断するしかない。まだ『英語の授業は英語で行うことを基本とする』がまだ始まったばかりなのに、検討なしに『基本』を高校では外し、中学に下ろすことは反対だ」
O「次回はその点をはっきりさせようと思います。会場にいる関係者の方、用意しておいてください(笑)」
E「なぜ政策立案プロセスに専門家がいないのか。かつて文部大臣は教育学者だった(〜1980年代前くらいまで?とのこと)。1997年、日本経団連副会長新日鉄会長が中教審のトップになった。彼らが教育政策のトップ、中教審のトップを占めるようになった。経団連が副会長レベルを送り込んでくるこのことが、学者がじゃまになったのではないか。もう一つ、官僚主導けしからん!ということをいうが、教育政策から見ると非常に怖い。文部省の人たちは専門家。それを排除することで素人の政治家が直接要求を出すシステムになってしまった。ここでの民主主義のなさを変えていく必要がある。変えていく道のりは長いかもしれないが、おかしいので変えていかなければならない」
S「先生方色々授業で工夫している。優秀な先生であればバランスをきちんと考えている。『臨機応変に、を言い過ぎると教師生徒間の関係が悪くなる?』という人もいたが、具体的な生徒の様子を見て、前時を踏まえて本時を改善していける優秀な先生を育成することにお金を入れるべき。先のDVDの取り組みも、工夫しているが、英語教育の専門家からしたら『そこじゃない!』というところに注力している。ピアノを弾けない大人が、ピアノの椅子の位置を議論しているようだ。」

    • 間違った英語を生徒に聞かせるのはどれだけ良くないことなんだろうか。修論でやりたかったけどできなかったけど気になる。

O「『母語母語言って導入が遅れたら出遅れて置いていかれるのでは?』中国韓国が小学校から入れているが、KBS(韓国のNHK的存在)から取材が来た。韓国の英語教育熱を鎮めたい。日本のような冷静な対応をしている理由を知りたい。とのことだった。『韓国語なんてどうでもいい』という人が増えている、と言われた。にわかには信じがたい、と返した。もし本当にそうなら自分の国ではそうなってほしくない、とも。付け加えると、子どもを育てる時に、学校教育で何が一番大事なのかを考える必要がある。英語が何より大事なら、生まれたらすぐ英語圏に行けばいい。ピアノ村に移住すればいい。(笑)英語話せても思考できなきゃしかたない」
T「臨機応変に教えられる教師を、という斎藤先生に乗っかると、教職課程を改善すべきだと思う。もし小学校の英語が教科になるなら、児童英語を専門にする教員を育てなければならない。英語の免許持っているのは中高のみ。見切り発車は乱暴だ。きちんと免許法を改訂。教職課程を見直し、ことばを使うという観点から、私の言葉ではコミュニケーションという観点から、教職課程を見直すべきだ。もう一つ、国際共通語としての英語、どの国の発音?ということだが、結果としての国際共通語。教えるときは標準英語だが、使うときはそれぞれの英語。コアを同定し、これだけしっかり守れば、音韻にせよ文法にせよ、通じる、という研究は行われているが、まだまだ実践に活かせない」
E「鳥飼さんが、小学校から入れるなら教職課程の抜本的改正が必要。私もそこにいる。現在の国立大学の置かれた状況は、毎年の予算削減。英語教師は9名いたのが今6名。開講科目が1000以上<多すぎな気も。聞き間違いかも。>今のスタッフと科目の状況だと増やしようがない。免許取得を6年制にする、という案もある。4年では厳しい。世界をみても修士レベルが普通になっている。養成・研修がない中で小学校英語を言うのは難しい。和歌山大学には<児童?>英語教育関係の指導できるのが2人しかいない。」
T「オリンピックまでにって言ってる場合ではない」
S「自分も直接教員養成に関わっている。どうもなんかその教授法とか方法論が多い。私個人の信念として、英語という言語を理解していること。発音から教えている。『訳読どの程度やるか』というのも、一つの答えはない。しっかりやっている人は、肩身が狭い思いをせずにやってほしい」
O「『現代思想』という月刊誌に寄稿した。言語教育政策立案・実施に関わっている人の中に、もっとことばをしっかり認識できる人を入れろと主張した。視学官や教科調査官にはその視点を、とも。そしたら大変立腹された官僚がいた。図星なのだろう」
T「ことばが何か、という時に、英語はスキルだという見方を誰もが持っている。単なるツールではない。思考・文化が絡む。言葉の重みを考えたほうがいい、と思う」
E「(おそらく大津先生への補足)文科省の教科調査官は獨協大学の卒業生なので優秀な人です!(笑)」


全員への質問from小学校の先生。ALTの導入含め、大変切羽詰まっております。小学校の英語教育の目的云々ではなく、先に追われている状況。このような状況にどう対応したらいいか。切羽詰まった現場に持って帰れるひと言、「昨日いい講演会に参加したんだよ」と同僚に伝えられるひと言、何かいただけないか。
E「英語に自信がなければ日本語をメインにしてでも、やれる」

    • この提言が一番現場の先生にとって「欲しい」お言葉なんじゃないか。ずっと「今日いらしてる現場の先生ってどういう方々なんだろう」って思ってたけど、多分これが響く先生は多そうだな、と思った。

S「B村の人を誰か連れてきて。自分たちではどうにもならない」

    • B村 is どこ。ALTを指しているわけでもないだろうし、そんなお金ないし、養成しっかりやるまで小学校英語はダメよ、ということか。

O「毎年小学校英語実践大会(?)を開いている。仲間は多い。仲間と意見交換するのは有益だと思う。そうやって一生懸命努力をしている人を評価するしないもなく、外国語活動を高学年から奪って教科化するのは、先生たちを2階に上げてはしごを外す、許せない行為」
T「素地を養う、ということ。英語を教えようと思わないで、コミュニケーションを取っていく素地を作ればいい。中高についても、一貫してずっと続いていくものですから、ありとあらゆることを教えようとしないで、一貫教育の一部と割り切って。」

    • それなら「素地」が外れた中高においてはじゃあ英語を教えようと思っていいのかしら、とか意地の悪いことを思った。笑
    • 先生方のアドバイスへの感想はさておき、こういう「明日役立つ」的なものを追い求める姿勢自体に問題があるのではないか。それってつまり自分の頭で考えることを放棄しているようにも思える。こんだけ色んなお話されたんだから、明日他の先生に伝える言葉は、自分で紡いでよ、ことばの先生でしょ、なんて。笑
    • そうした「自分の頭で考えない」姿勢って、「全部英語で」という「画一的なマニュアル通りに」的流れにどこか符合するものがあるように思える。今読んでいるクソ面白リーディング教本『英文和訳から直読直解への指導』

英文和訳から直読直解への指導―明日から使える教室技術

英文和訳から直読直解への指導―明日から使える教室技術

    • でも、たとえばp.53に「自分の頭で考えない教師」への辛辣な批判がある。

つまり、そのくらいのことは自分で決められませんか。(中略)英語の教師のプロ意識はどこに行ってしまうのだろうとも思います。「英文さえ与えてもらえば、どんなふうにでも料理してみせる」というプライドのある英語教師の数はしだいに減っているのでしょうかね。

    • 辛辣。
    • 個人的には大綱として英語使用を増やせと国が指示することは特に問題がないと思っていて、その「大綱」はあくまで目安でしかないということを認識して、割りきって、目の前の生徒に合わせて実践するのがプロの先生なんだろう、と個人的には思っている。だから現場の先生には胸を張って(張れない現状もありそうだけど…)指導要領(の「授業は英語で」的な部分)を時には無視して欲しいと思う。そしてその指導の結果は自分にあると、もっと胸を張って言って欲しい。自分にはまだまだまだまだできないけど、きっといずれできるようになる、なれば、なるとき、なろう。うぬぬ。

O「今日の機会は獨協大学の外国語教育研究所の主催。懇切丁寧な運営に四人組一同感謝をしている。(拍手)岡田さんも立案からたくさんのエネルギーをつぎ込んでくださった。岡田さんにも拍手を。(拍手)」
岡田「獨協大学が50周年を迎えるにあたり、我々がやっていることを知ってほしいと思って例会で話が出た。無理無理と思いつつたくさんの日程を打診したら出来た!個人的な話だが、中学生の頃から鳥飼先生には憧れ、大学の時には大津先生の本を、テレビでは斎藤先生を、共同学習では江利川先生の本を、と本当に感激している。理念を持った上ででは実際どうしていくかを考えなきゃ。子ども生徒がのびのびと楽しく、異文化に目を開いていける外国語教育を目指さなければいけないな、と感じた。また色々開くので来てね(非原文ママ)。」

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