さんだーさんだ!(ブログ版)

旧「◯◯な英語教員に、おれはなる!!!!」 - 大学院を終え、2015年度より中高英語教員になりました。

ことばの教育と授業

ビデオ→ジグソー学習(班で話し合ったことを別の班で混ぜ合い、また自班に持ち帰って話し合う)&ノー出席、(ほぼ)ノーレポート(A4一枚1000字程度、はあるらしいけど)なので頑張っていきます!(ェ
初回はNHKの仕事ハッケン伝でピース又吉がローソンのPOP・戦略を考える、っていうビデオをみたあとディスカッション。
さすがのセンスで優れたPOPを生み出して、それが先輩社員に勝って採用された、という風景が映されていたんだけど、
あれってその場で勝ち負け決めちゃうの?他の条件が似たような別々の店舗でそれぞれのPOP出して実験して、売上比較とかしてみたらいいんじゃないの?と、

統計学が最強の学問である

統計学が最強の学問である


で聞きかじったようなことを思ったので、その後のディスカッションでも
「実際どれくらい売上があったかを又吉本人にフィードバックした方が学びになるんじゃないか」的なことを言った。
のだけど、その後のディスカッションで、「方法論はないけどある」みたいな話をしてくれた人がいて、「方法論がない中で模索したからこそあの成果が出た、という意味で方法論はあるのでは」ということらしい。
それを聞いて、確かに結果のフィードバックはある程度いい影響を与えるかもしれないけど、その体験が彼を縛っては、「異質な他者」としての存在価値が薄れていくのかもなあ、と思った。
ちょうど東京造形大・入学式の式辞が名スピーチだと話題に 「経験という牢屋」学長が語る - ねとらぼなんて記事が昨日話題になっていて、それともつながるのかな、と。「経験という牢屋」。


あとその授業しょっぱなに「学力の定義を各自書いてみて」と言われて、すっごく困った。
自分は「子どもの知識・技能のうち、テスト等により評価可能になったもの」なんて書いたけど、まあ「評価可能」なものの範囲は少ないよね、っていうツッコミを受けました。
でもそれどうやって評価すんの的力を「学力」って言われても、なんだかよく分からない事態を引き起こすよなあと。

ちなみに、

学力
学力(がくりょく)とは、人間活動における基礎となる学ぶ力のことである。
概要
学力は、人間の基礎的な能力の1つである。人間は、「学力」を駆使することによって、さまざまなことを経験し、その経験から新しいことを学ぶことができる。人間活動の質に差違をもたらすものの1つに学力もあると考えられており、近代以降において学力は、十分な施設(校舎・運動場など)・人材(教員など)などを有する学校によって保証されなければならないという思想が広がった。そのために義務教育の制度が定められた。
学力を狭義に捉えれば、学校教育(就学前教育・初等教育・中等教育・高等教育)によって修得した能力とされるとともに、学校教育によって得ていなくても学校教育で得られる能力と同質のものも学力とされる[1]。
学校における教育には、目的(なぜ行うのか、why)および目標(何を行うのか、what)が規定されており、学力検査は、教育の「目的および目標」に基づいて学力を測定する。しかし、測定できる事項には限りがあり、主体性・自律性・協調性・感受性などの測定は、困難である。(Wikipedia「学力」)

学力
学習して得た知識と能力。特に、学校教育を通して身につけた能力。(大辞泉)

学力
学習によって身についた知的能力。
しかし日本においては、概ね筆記試験によって学力が評価されるため、実質的には、学力=記憶力。(はてなキーワード

学力【がくりょく】
一般的に,計画的な学習によって達成された能力,特に認識能力をいう。あるいは,学業成績として示される能力を示すこともある。ただし,学力に関して,一義的に定義づけられるような教育学的なコンセンサスは成立してはいない。 (百科事典マイペディア)

和英辞典では学力=scholastic[academic] ability[skill,capability,achievement,performance]とある。げに学力は難しい。

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