さんだーさんだ!(ブログ版)

旧「◯◯な英語教員に、おれはなる!!!!」 - 大学院を終え、2015年度より中高英語教員になりました。

鮫洲 運転免許 初回更新 平日 朝一番

ということで,行ってきました。

アキレス腱断裂の手術後,松葉杖が取れてからもずっと歩行用の装具をつけていましたが,昨日のリハビリで,装具も取っていいですよ,とのこと。
足首曲げる角度が強制的に抑制されないから,きっと回復も早いんだろうけど,いかんせん怖いし,遅い。笑
健常者にガンガン抜かれるながら,品川→鮫洲→徒歩で鮫洲運転免許試験場へ。駅前に写真撮るよーと声をかけてくるうさんくさいおっちゃんいたけど,なんだったんだろ,あれ。
と思ったら詐欺に限りなく近い代筆屋らしい。気をつけなくちゃね。 鮫洲の前にある詐欺行為について… - 鮫洲で免許の更新に行きました。... - Yahoo!知恵袋

それで現地に8時40分ごろ到着。入り口のおじさんの誘導に従って,さくさくと書類作成,代金支払い,視力検査,古い免許証の破棄。
それらがすべて終わったら,講習。
9時が最初の講習回と知っていたけど,講習前にいろんな手続きがあるのをきちんと認識しておらず,講習に間に合うかギリギリ。9時2分前くらいに講習部屋についたら,なんとか9時の回にすべりこめた。
座席には余裕があったので,多分平日ならその時間に間に合うように講習以外の手続きが終えられればいけるんだろうなと。

9-11時は講習。途中10分休憩挟まるけれど,基本的には話を聞くのみ。そんな眠くもならずおしまい。
最後の最後にさだまさしの「償い」を聞くの,シュールだったな。笑

償い


部屋の出口で講習済みのスタンプをもらい,すぐ外の受付で免許の交付。◯番から◯番の人〜と呼ばれるので,なるべくカウンターのそばに座っておくといいんだろうな。笑

11時5分には建物の外へ。2時間の講習含め,2時間半くらいで終わりました。あっさり。

帰りは駅前の台湾家庭料理屋さんでご飯食べておしまい。昼からビール,いいですよね。笑

積読消費

1月の記事で,一月に数冊消費していきたいといったきり,全然済んでなかった。ダメダメだ。
ということで,遅ればせながらこちらを読み終わった。

英文法の問題点―英語の感覚

英文法の問題点―英語の感覚

平易な英語で,英文法の諸々について分かりやすく書かれていて,よかった。

ついでに,このあたりも読み終わった。

ヤバい経済学 [増補改訂版]

ヤバい経済学 [増補改訂版]

これに関しては,Freakonomics - The hidden side of everything Freakonomics | The hidden side of everythingというpodcastを聞き始めた。面白いね。

こちらはあまりおもしろくなかった。ポイしてしまおう。


しかし読み終わって何が残るか,と考えるとなんとなく残念な気持ちになる。
教材をつくる時に読む分には,この文法事項をどう説明しよう,と問題意識を持って読めるんだけど,そうじゃない,いわば平時に読む読書からのアガリが薄すぎる。
ブログへのアップを前提に,メモでも取りながら読めばいいんだろうけど,そうすると読書そのものへのハードルが上がるし,そもそもアガリを期待して読む本しか周りにないのが貧しいような気はする。

とにもかくにも,読みたい本は山積みなわけです。
長崎玄弥先生の『奇跡の〜』シリーズがぼちぼち手に入り出しているから,これを次は読んでみよう。

奇跡の英文解釈 (ノン・ブック)

奇跡の英文解釈 (ノン・ブック)

たとえば上の熟語本から,熟語リストや例文をピックアップするのは,きっとメモを取りながら読むより楽だし,いずれ教材に活かせる気もする。
ただこれも,そうやってつくった教材のタネみたいなのがいくつかあって,きちんと活用できているかと言われると,ゴニョゴニョ。

ううん,なんとも最近ピリッとしないなあ。
「ふがいないや。いや。
つらいなあ。嫌。嫌。」
理由はなんとなくわかってはいるんだろうけど,いや,いや。

多分誕生日が近いせいだな。来週じゃん。

最近の生徒からの煽りを置いておこう。

ワンピース英語-日英同時ギャグ

コツコツ続けている,ワンピースの日英比較から。

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右下のタコのはっちゃんのセリフ。

"How dare he take me for a ride… No, wait. I was the one who actually gave him a ride!"
原文では,「まんまとのせられた…いや!!のせてやったんだがよ!」

この前のシーンで,はっちゃんは自分たちが追っている男と知らずにゾロを船に乗せて運んでいたことを指してのセリフ。
日本語の「のせられた(=騙された)」と「のせてやった(乗せてやった)」が対応しているこのセリフですが,
英語でも "take someone for a ride" で,「人をドライブに連れて行く」って意味だけでなく,「人をだます」という意味があるようですね。

そういう意味では,日英同時ギャグといえるのではないか。素晴らしい。

"I pine for you under the pine tree."以来だ。笑
どう訳すかは,こちらの脚注に*1。笑

*1:松の木陰で君を待つ

ヱビスビール記念館

行ってきました。
ヱビスビール記念館 | 工場見学とミュージアム | サッポロビール
いやはや,めっちゃよかったね。

ヱビスツアーっての頼むと,20分のヱビス歴史ツアーと,2杯ヱビスビールが飲める美味しい飲み方講座20分で,なんと500円!神か…。

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建物の入口からして素敵。

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入ってすぐのところも素敵。

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エリア入口。素敵。

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なんとなくワンピースの映画に出てきそう。(雑

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ヱビスビール,最初の一本。

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なんかこういうの好き。

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こういう縁側で飲んでるのも粋だよねえ。

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「夕食時の酒の味が無茶苦茶になるからと,間食を絶対しない徹底ぶり」内田百閒,かっこいい。

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戦時中は,ブランド名が消されて「麦酒(ばくしゅ)」という名前に統一されたらしい。まずそう。笑


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歴史ツアーも終わり,いよいよ「ブランドコミュニケーター」さんが注いでくれたうまいビールを…

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…飲めます!おつまみもちょびっと出ます。



そこで習った,三度注ぎ,についてメモしておこう。
①ビールをグラスの底に当てるように,勢い良く注ぐ。すこし高いところから。6-7割くらいまで注ぐ。
→泡だらけになるので,しばらく待つ。荒い泡が落ち着いたら②へ。
②慎重に9割くらいまで注ぐ。荒い泡が落ち着いたら③へ。
③泡3割麦酒7割に仕上げるため,そっと注ぐ。
→いいビールの場合,泡がグラスの縁に達した後もなお注ぐ泡がグラスの上へと伸びていく。素晴らしい!

エイジゲート | サッポロビールここにもありました。笑

また,ビールが良い・グラスが清潔・注ぐ人の腕が良い,という条件が揃えば,泡と液体の間に「フロスティミスト」という「泡予備軍」が現れるため,気の抜けたビールになりにくいんだって。へー!

歴史を見て回る時も色々質問できて,非常に充実したイベントだったなあ…!!

主語とかがないとかあるとか

アキレス腱は順調に快復していっています。装具をはめて「サイボーグ」「強そう」などと言われ,おそらく学校で一番背が高い状態になっておりますが,実際にはバランス悪いので弱いサイボーグであります。
ただ,装具を履いて歩くことがリハビリらしいので,そこはしっかり出歩いていきたいところ*1

ほんで高3の最初の模試がおしまい。
物語文は,前後から内容を推測しづらいから,ちょっと読みづらいのかなあ。生徒の中には,「去年から図書館のペンギン・ブックス読んでたから先生の問題はすらすら読めた」って人もいたから,慣れの問題なのかもしれない。

日英比較して,主語の有無が物語の読解に関わってるっぽいよね,という問題で締めたんだけど,それに関して最近思った小さいこと。



もう27歳になるわけですよ*2。胸を張ってアラサーと言える歳。
仲良くつるんで傷をなめあっていた後輩にも彼女ができる年頃。


そんなわけで別の地元の友だちと傷をなめあってるんだけど,そこで出た話。
こないだは地元の公園で飯食ってたんだけど,15時くらいになると幼稚園帰りらしいお母さんと子どもであふれる。


「かわいいね」
「そうだね」
「こっちではお母さんと子どもが遊んでて,あっちではおじいさんおばあさんがゲートボールしてるの,なんか面白いね」
「人生の縮図だね。桑田佳祐のPVとかに出てきそう」
「ああ,3箇所くらいで桑田さんが歌う感じね」
「そうそう。人生の縮図」
「縮図いいたいだけでしょ」
「うん。あたしいいこと言ったな,もっかい使おうって思った」
「てか大学の同期が2人目出産だって」
「マジ。あたしの友だちも2人目産まれたって。あたしまだ1人目にも会ってないのに」

さて。
問:以上の会話の最後のセリフ「あたしまだ1人目にも会ってないのに」を英訳しなさい。
いかがでしょうか。

俺はとっさに,こんな文を考えた。別に英訳したわけじゃないけど,状況として。

“I haven’t met my first kid yet.”

ずいぶん詩的な表現をするなあと思っていたら,

「1人目産まれた時から会おう会おう言ってるんだけど,行けてないんだよねー」

“I haven’t met HER first kid yet.”かー。

日本語は,主語も省略できるけど,所有格もか,と勉強になりました。

「なんだ,私は私の1人目にも巡り合ってないのに,って意味かと思った。オシャレだなーって」
「違うよ。相手すらいないのに」
「わはは」
「あははは」

のんびりしてから,ポルノの「曖昧なひとたち」を聴きながら病院へ。装具を修正してもらう。はやくちゃんとなるといいなー。

*1:ただし段差のないところをw

*2:5/12が誕生日でありますので,みなさまどうぞよろしくお願いいたします

『いじめの構造―なぜ人が怪物になるのか』(内藤朝雄)

いじめの構造―なぜ人が怪物になるのか (講談社現代新書)

いじめの構造―なぜ人が怪物になるのか (講談社現代新書)


読了。
胸くそ悪いなあと思いながら読むしかなかった1冊。
事例がエグい。そして,逃げ場のなさ。
筆者の主張は,逃げ場を作ろう,というところに尽きると思うんだけど,これ,学校の先生としては難しいところな気がしている。

「今ここ」の秩序・人間関係だけに拘泥してしまうがゆえにいじめが発生して深刻化してしまうんだろうけど,じゃあ「今ここ」以外の秩序を子どもたちが自由に選択できるようになってくると,おそらく「今ここ」への熱中度(?)は下がって,その熱によって下支えされていた学校行事が成り立たなくなり始めるのでは。
もちろん「学校行事の成立」と「人命の存続」とじゃあどちらが大事かは自明だけれど,多くの場合,そこまで「傷」が重大にならずに学校行事が行えているから,悩みどころなんだと思う。

考えがまとまらないし,まとめている時間もない*1から,とりあえずメモだけ置いておこう。きっといつか,もっとちゃんと考えるときが来るでしょう。

*1:こういうむつかしいことを考え始めるとすぐに眠くなってしまうのがいけないところだ…。

『「学び」を問いつづけて』『「学ぶ」ということの意味』(佐伯胖著)

「学び」を問いつづけて―授業改革の原点

「学び」を問いつづけて―授業改革の原点

「学ぶ」ということの意味 (子どもと教育)

「学ぶ」ということの意味 (子どもと教育)


読了。
最近学校外の教育プログラムに参加することがあって,はたして「学び」ってなんなんだろう,とぐるぐる迷ってしまっていたので,「とりあえず佐伯胖読んだら」というアドヴァイスに従って,読んでみました。

面白かった。が,それをじゃあ自分の実践に活かせるかと言われると,ううむ,ううむ。

とりあえず学校の図書館に入れてもらって,機を見て読み返そうかなと思います。笑

何かを「学ぶ」というのは,本来的にはその本人と「環境」との相互作用である,というのは,理念としては理解しているつもりだけど,それがじゃあどうしようか,というと。。

たとえばこんな指摘も,首肯しつつ,我が身を省みると罰悪く黙り込もうとする自分がいる。

 極端な言い方かもしれないが,「学校体育」がもっている(もしくは,そうなりがちの)制約として,(1)強制的参加,(2)学習者の「能力」評価(「やろうとしてももともとデキない」か「やればどんなことでもみごとにデキる」かの判定),(3)受講拒否の非正当化,(4)「上達責任」の本人への帰属,の以上四点こそ,「学校体育」をつらいもの,つまらないものにしている原因ではないだろうか。人々は成人してこれから「解放される」だけで,いきいきとしはじめ,自分からからだを動かしはじめ,いろいろなスポーツを楽しみはじめる。
 しかし,考えてみると,この四つの制約というのは,どんな学習においても「やる気をなくさせる」条件として働くものである。(『「学び」を問いつづけて』p.372)

ね。

p.335から紹介されている「学習者像」の3つ(粘土モデル*1・作物モデル*2・材料モデル*3)や,「知識」の3モデル(事例モデル*4・手順モデル*5・状況モデル*6)なんていう分類は,勉強にはなるなと思えど,それを目の前の状況に下ろすのはまだまだ,って感じ。この辺り,いろんな人たちと話し合ってみたいなあ。

*1:子どもを粘土のようにいかような形にでも変えうるとするモデル

*2:粘土をこねまわすような教育は本来的ではなく,教師は「こやし」に徹し,自ら成長していく子どもの自然さを妨げてはならないとするモデル

*3:知識技能を身につけさせるための学校制度が発展した後の,「巨大な印刷工場」で「ムリなくムダなくムラなく」「印刷」されるべき材料として子どもをみなすモデル

*4:ここでは「学ぶ」=「新しい事例をおぼえる」

*5:ここでは「学ぶ」=「やり方をおぼえる」

*6:「知識」=「『善さ』を『問いつづけている状態』」であり,「学ぶ」とは「問い直しつづけている状態」